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2024.04.07 11:56|日々のこと
ど近眼って不便なことも多いけど、いいこともあるんです。
例えば、見たくないものがある時、眼鏡をはずせばたちどころにぼやけて見えなくなります。
顔も見たくない人が目の前にいる場合でも、知らぬ顔で眼鏡をはずせばたいして気にならなくなります。

そういう便利なことがある反面、視力の良い人にはない弊害もあります。
例えば、お風呂の汚れが見えなかったり、顔にシミができているのに気付けなかったりとかですね。

だいたい、45歳過ぎてから自分の顔を鏡で見る回数がガタ減りしました。
しわやシミや、白髪といった見たくないものが急に増えるからです。
ただでさえ鏡を見る回数が減るのに、視力が悪いと益々現実と向き合うチャンスを逸することになります。

53歳の今、鏡を見るのはせいぜい歯磨きと化粧と、髪を切るときくらいでしょうか。
たぶん、鏡を見ている時間は一日10分もないと思います。私の場合、化粧と言っても
尻切れトンボの左眉を描いて口紅を塗るだけ。口紅を塗るときも鏡は見ません。
タラコ唇だもんで、適当に塗って上下をすり合わせればそれなりに収まるんです。
これはタラコ唇のメリットのひとつとしてぜひ覚えておいてください。

夫は鏡を見るのが好きみたいです。
朝と風呂上りにはじっくり鏡の中の己と向き合い、鼻毛の手入れをしたりキメ顔でポーズを取ったりしています。
あちらは視力が良くて粗が目につきやすい分、何かせずにはいられないのだろうなと微笑ましく眺めています。

このように自分の顔に無関心を装っていた私ですが、今朝久方ぶりに自分の顔をまじまじと見て衝撃を受けました。
なな、なんと、眉毛に白髪を発見したのです。それも左右に2本ずつ。

えー、ウソやーんまだ50代とにぃ、こんなんアリか?ったく、村山元首相じゃあるまいし。
といささか失礼なことを鏡に向かって口走ってはみたものの、4本の白い眉毛は”知らんがな”とでも言いたげに
鎮座しておりました。

日に日に増える頭の白髪も確かにもの悲しくはありますが、白眉毛の衝撃はその比ではありませんでした。
昨今の、若見えを強要する風潮に釈然としないものを感じていた私が、たかが白眉4本で動揺するなどと、
これから本格的にやってくる老いへの覚悟がまだまだ足りていない証拠。

80歳が60歳に見えたところで、20年寿命が延びるとは限りません。
見えないところでは着実に老いが進んでいるわけです。
老け込みたくはないけれど、年相応に枯れていくのが動物本来の姿であり、それが自然の摂理でもあります。
50代ではまだ自分の老いを現実として受け入れるのは難しいものですが、若見えこそ正義!とでもいうような
世相に異を唱えたい一人として、無理な若作りに走らぬようにしたいとは常々思っています。

白眉毛から自分の中にある老いへの恐怖心と抵抗を自覚させられると共に、
来る老いへの覚悟を試された出来事でした。
2024.04.06 13:30|日々のこと
下の写真は私の今朝の朝食です。
ご飯、みそ汁、ナバナのバター炒め、梅干し、青海苔。
お腹がすいている時は今朝のように目玉焼きがつくこともあります。
休日も平日もだいたい同じ献立です。

この朝食が20時間ぶりの食事でした。
夕べ、TVを見ていたら突然吐き気に襲われ、椅子に座っていることもできず横になりました。
時折差し込むような腹痛と胃痛がきて、耳鳴りもしました。嘔吐反応が出るのは久しぶりです。
原因は数日前から感じていたストレスで間違いありません。

幸い嘔吐には至りませんでしたが、吐き気と胃痛があったため晩御飯は抜き。
夫にはあり合わせで済ませてもらい、しばらく休んでから後片付けをし、ざっと風呂を浴びて寝ました。

過去の嘔吐反応でも、極度のストレスに晒された後でムカムカや頭痛の前兆がありました。
今回はそれほど強いストレスを感じている自覚がなかっただけに、意外な気がしています。
すぐに症状が現れる時もあれば、しばらく時間が経ってから出ることもありますが、
いずれの場合も吐き気は繰り返し何度も襲ってくるので厄介なのです。

精神的な要因が絡んでいますから、体の回復も簡単ではありません。
ストレスの元を取り除くことができればいいけれど、仕事がらみだとそれも難しいです。
この症状がでるたびに心身は不可分であり、ストレスこそ万病の元だと痛感します。

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(左)毎日食べてもまったく飽きないご飯とみそ汁って実に偉大だなぁと思います。
(右)帰省した時に手に入れた波佐見焼の飯椀。手に取るたびにお魚の絵に和み、「可愛い~」と口をついて出てしまいます。
小ぶりにつき山盛りで。

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疲れている時でも、庭に出て花や野菜の手入れをしたり猫と一緒に散歩をすると、徐々に気持ちが楽になります。
ちょうど今は玄関脇のアジュガが見ごろ。お花畑のようで飽かずに眺めていられます。独り占めするにはもったいないので
写真に撮ってみましたが、私の腕だといまいちお花畑感が伝わらないのが残念。
2024.04.03 12:20|日々のこと
当地で迎える2度目の春。

鬱蒼とした裏山と庭の境にある桜の木の下で花見をした。
枝が暴れ気味で日差しを遮っていた桜の木は、日当たり改善も兼ねて夫がかなり大胆に剪定した。
花の数はちょっとばかし寂しくなってしまったけれど、今年も律儀に花を付けてくれた。ありがとう。

枝を切られる時、樹木は痛いと感じるのだろうか。
早くも風に花びらを落とし始めた桜を見上げていると、そんな疑問がわいてきた。
生木を裂くという言葉があるくらいだから、少なくとも昔の日本人はそう信じていたのだろう。

私の中にも植物が感情や人格みたいなものを持っていると信じたい気持ちがあるが、
植物学では脳を持たない植物は痛みを感じることはないとされてきた。
しかし数年前にある日本人植物学者がその定説を根底から覆す研究を発表した。

米でヴィーガン論争も…「植物も“痛み”感じる」と発見した日本人研究者

虫に食われた野菜がイヤイヤをするように体をよじらせたり、苦味等の嫌厭成分を出すことはよくある。
虫が嫌がる成分を分泌し、”自分は美味しくないから食べないでー”という野菜の精一杯の自己防衛だ。
だから植物が痛みを感じているという新説にさほどの驚きはなかった。
身近な野菜ひとつにしても、解明されていないことがたくさんあるのだ。

先日TVで、高知の巨木を特集していた。樹齢千年という地域のご神木が台風で倒れ、樹木医が手当をすることになった。
樹木医は、こういう風に手当をしておけば数百年後には根が張って持ち直すだろうと言っていた。
でも、私達はそれを見届けることはできないんですけどね、と。

私は巨木が好きだ。好きという言葉は、私が巨樹に寄せるあこがれや畏敬の念を
表現するには十分ではない気もするけれど、他に適当な言葉が見つからない。
大きな木を前にすると、自分がいかにも頼りなく感じられ、そういう自分の悩みは取るに足らない事だと思えてくる。
さわさわと風に揺れる葉音に耳を澄ましていると、木霊や神様は確かにおわすのだと信じられる。

きっと昔の人も悠久の時を生きる巨樹に憧れ、その姿に神を見、崇めたのだろう。

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(左)昨年より小ぶりになった桜。木登りが得意なタッキーの格好の遊び場だ。
(中)メダカの池でタロの真似をして水を飲むタッキー。タロの後をついてまわったかと思えば、
いきなり首っ玉にかじりついたり・・・。好きでたまんないのか気にくわないのか、どっちなんだ?
(右)夫が遺影を撮ってくれと縁起でもないことを言う。遺影の出番はまだまだ先だろうから、これはお蔵入りかな。
2024.03.26 12:48|日々のこと
大谷君が会見を開くと知り、昨夜は気になって眠りが浅かった。

明け方目が覚めた私がまず取った行動は、スマホで大谷君の会見のニュースを確認することだった。
その時はまだ会見が開かれておらず、モヤモヤしながら再び眠りに落ちた私は、夢の中で大谷君と飛行機の旅をしていた。
楽しい夢だった。

私は、空想癖のある子供がそのまま夢見がちなおばさんになった典型であるが、
加齢と共に悪夢の頻度が減り、自分に都合の良い夢が増えてきたことは素直に嬉しい。

暗い雲が覆う日本に差す、ひとすじの光明ともいうべき存在の大谷選手。
私もその潔白を信じたいと願ってやまない人間の一人である。
今朝の会見を見て、大谷選手は水原氏の行状について何も知らず、関りもなかったのだと信じることができた。
世の中には、息をするように嘘を吐くことのできる人間も稀に存在するが、よほどの役者でもない限り、
平常心を保ったまま嘘をつくことは至難の業である。

以上の理由で、私には彼が偽りの告白をしているようには見えなかった。
大谷選手が言っていたように、いまだ捜査中であり多くを語れる段階にはない。
真実が明らかにされるのを待とう。
2024.03.18 12:00|日々のこと
欲しいものを買ったつもりで、そのお金を貯金する「つもり貯金」。
私が小学生くらいの時に母が一時期やっていた手法です。

昭和40~50年代は、女性は結婚と同時に家庭に入るものという時代の空気が残っていました。
短時間のパートをしている主婦はいたと思いますが、母親がフルタイムで働く共働き家庭はごく少数派だったんです。

母も当たり前のように専業主婦でした。
父の稼ぎだけで娘3人を育て、その上貯金までというのは蓄財の才に乏しい母には相当ハードルが高かったようで、
時々父が、「お前に任せ取ったらいっちょん金の貯まらん」と嘆いていました。

運送業をやっていた父の収入はそんなに少ない方ではなかったと思いますが、
どういうわけか両親はしょっちゅうお金のことで揉めていました。
父からしたら、体はひとつしかないし、これ以上どうすりゃいいんだという気持ちだったと思います。
母は母で、そんなに無駄遣いしているつもりもないのに財布に穴が開いているみたいに
気が付いたらスッカラカンになっているんですから、不可解だったでしょうね。

子供の目で当時を振り返るとお金が貯まらなかった理由が何となく見えてきます。
料理上手な母は食費にかけるお金は惜しまず、我が家のエンゲル係数は明らかに高めでした。
取り寄せにも目がなく、「茶の間」という通販雑誌で美味しそうなものを見つけてはよく注文していました。
数年に一度は自分へのご褒美として、宝飾店でジュエリーを買っていたのも知っています。

真珠のネックレスとイヤリングのセットを買ったのを私が見つけた時はさすがにきまり悪そうで、
「これはゆくゆくはあんた達に譲るものやけん」などと言っていました。父のものはパンツ一丁買うのにも
よくよく考えて買っていた母ですから、多少は良心が咎めたのでしょう。

そういう母も、父に尻を叩かれて人生の後半は貯金に励んでいたようです。
おかげで娘たちは父の施設代や葬式代、父亡き後の母の生活費の心配をせずに済みました。
母曰く、欲しいものも我慢して頑張ったとか。さしずめ、つもり貯金ふたたびといったところでしょうか。

お金のせいで気苦労の絶えなかった娘としては、やればできるじゃないという気持ちと、
もっと早くに取り掛かれなかったのかなという気持ちの半々です。

認めたくはありませんが、私の貯金下手は母譲り。
欲しいものを手に入れて満足したと思ったのもつかの間、別の欲しいものが頭の中に浮かんできて際限がありません。
少し前までは家に置く家具探しに血道をあげていました。今は弁当箱を入れる新しいバッグが欲しくてたまりません。
たくさん持っているバッグのうち使うのは1~2個。大半は出番のないまま箪笥の肥やしになっているのに、です。

もはやこれはビョーキなのではなかろうか・・・。
そうでなければ経済活動を活発にするための、政府か経団連によって脳に仕組まれた企みに違いない。
疑念にさいなまれた私は調べてみました。で、こちらの脳科学者による解説を読んで疑問は氷解。
政府の企みではないけれど、脳には意志の力では抗うことが難しい仕組みがあったのです。

物欲が強い人の心理とは?専門家に聞いたら夫婦円満の秘訣も見えてきた

思えば母も無類のバッグ好きでした。
脳の仕組みを理解していれば、物欲の罠にハマるのを防ぐことができ、
ひいては私の中に眠っている蓄財の才能が目覚めるに違いないと思っているのですが、楽観的過ぎますかね?
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プロフィール

nonogu

Author:nonogu
永香農園
福岡県福津市上西郷地区で農業をしています。夫婦二人にパートさん3人、後継者候補のアルバイト男性一人に研修生一人。主な栽培品目はアスパラ、ネギ、ホウレンソウ、ニンニク、里芋、落花生。

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