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2019.05.23 21:51|日々のこと
自分が経営者の妻となり、一緒に働くようになってから、”従業員にとって社長の奥さんとはどうあるべきか”が
常に頭の片隅を占めるテーマとなった。今までいくつかの個人経営の会社で働き、社長の奥さんをいろいろ
見てきて思うことは、一緒に働く従業員にとって社長の奥さんは、時として社長以上に気を遣う相手だということ。
私がそうだったし、周りを見渡しても確かにそういう雰囲気があった。

私が知っている社長の奥さんにそれほどおかしな人はいなかったけれども、一緒に仕事をしやすい人、
逆に気を遣って疲れる人というのはあった。その中で私の理想の社長の奥さんは、M商店の奥さん。
3人の子育てをしながら、ワンマンで癇癪持ちの社長を上手にあやしつつ経理を一手に引き受けていた。
なにせあの社長だからご苦労も多かったろうとお察しするが、元々のんびりとした気質だったのだろう、
全然ピリピリした雰囲気のない方だった。

私が目指す社長の奥さん像はまだまだ模索中。私はM商店の奥さんのように大らかにはなれないが、
仕事においてはプロフェッショナルでありたいと思っている。その上で、従業員が仕事をしやすい環境を
整えることも大事な仕事のひとつとして頑張りたい。と言いつつも、そこは気配りの達人である夫任せに
なってしまうのだろうな、と思っている自分もいる。

多分夫からは、気配りなんて慣れないことせんでええから、アンタはネギ作りを頑張んなさい、
と言われるのがオチだろうけど。

2019.05.15 20:51|日々のこと
新聞記事を見返していたら、大変心に響く記事を見つけたので、自分用に記録。

漫才師、内海桂子師匠 「苦労せぬ稼ぎ 本物じゃない」より抜粋

・・・貧乏したくなければ、働きゃいい。とにかく体さえ動かしていれば銭もうけができた。
もちろん、今とは時代が違います。でも長い芸人人生でわかったのは、動いている人にだけ
運が向くということ。最近はすぐに「手当だ、何だ」なんて、お上に依存しがちだけど、まずは
「自分でどうにかしよう」と考え方を改めるべきじゃないかね。


苦労なしに稼いだカネは本物じゃない。苦労知らずはろくなもうけ方をしないね。
稼ぐのは確かに大事。でも必要以上のカネも心を貧しくする。
今は働いて稼ぐにしても「自分のため」っていうのが多い気がする。稼ぐってことは、
周りも幸せにしなきゃだめ。本当の稼ぎで、自分の周りに花を咲かせなさい。


働かざる者食うべからず、という格言もあるように、”勤労は美徳”という考え方は、日本人が
長い年月かけて培ってきた強固な価値観だと思うが、最近はそれが崩れつつあるように感じる。
働かなくて済むなら働きたくない、サラリーマン辞めて主夫がしたい、とのうのうとのたまうような
若い男性もいるくらいだから、それを大っぴらに言っても許容されるような社会の風潮が醸成されつつ
あるのだろうと思う。

地道に汗水垂らして働くことをアホらしく感じたり、お金を動かすだけで大金が転がり込んでくる投資家や
IT長者に憧れる若者が増えるきっかけになったのは、村上ファンド事件やホリエモンの登場だろう。
自分にはできない仕事だし憧れも全然ないので想像するしかないけれど、そういう手段で得たお金ってどうなん?
そこに有り難みはあるのか?と疑問に思ってしまう。

”楽してなんぼ”みたいな時代の風潮を尻目に、今日も一袋百円の野菜作りに励む私達。
そんな自分達がわけもなく誇らしいと思う今日この頃。私達にとっての農業は職業であり、生き様なのだ。
2019.05.15 19:04|日々のこと
ブログを書く時に、特に注意していることがいくつかある。
① 毎日更新
② なるべく人を貶さない(あくまでなるべく、です)
③ 可能な限り横文字を使わず、日本語を使う

特に3番目。安易に横文字を使うようなことは絶対したくない。夫も私も、目と耳から入ってくる
横文字言葉には心底うんざりしているのだ。挙げればキリがないけれども、例えばスイーツ、リベンジ、
コンプライアンス等々・・・。立派な日本語があるのに、何故使わないかな、と思う。こうやって死語が
どんどん増えていくんだろう。

ラジオを聴いていても、「〇〇ってどんな意味?」「さあ、△△ってことじゃない?」という会話を頻繁に交わす。
そのうち、日本で日本人相手の放送を聴くのに英和辞典が必要になる時代が来るのじゃないか。冗談じゃない。

スイーツにしたって、最初はひどく耳慣れなくてそのうち消えていくだろうと思っていたけれども、
今ではNHKでさえスイーツ、スイーツと乱発している。和菓子、洋菓子、ケーキ、もしくは甘いもの、で
いいんじゃないのと鼻息荒くしてしまう私達夫婦はおかしいのだろうか。

こういう流行に真っ先に飛びつく人達って、自分を知的に見せたいという見栄でもあるのだろうか。
それなら逆に正しく美しい日本語を使う方がよほど知性があるように見えるのに、と思う。

英語が喋れることがエライ!みたいな悪しき風潮が蔓延しているけれど、言葉というのは自分の考えを伝えるための
単なる道具であって肝心なのは話の内容である。日本人ならまずは正しく美しい日本語を身につけるべきなのに、
小学生から英語の勉強をさせるなんて、本末転倒も甚だしい。

世界に数多ある言語の中でも、日本語は語彙と表現が非常に豊かな言葉だという。この素晴らしい母語を
守るために、日本人自身が日本語の素晴らしさを再認識しないといけない時に来ているのではないだろうか。
 
2019.05.14 11:58|日々のこと
昨日軽症だと書いたばかりのギックリが、寝ている間に重症化した。
どう動いても痛いので、布団から立ち上がるだけで20分もかかる始末。寝る姿勢が悪かったか・・・。

多忙にかこつけて自分のことを後回しにしていると、こういう良くない事が起こってしまいがちである。

これじゃあズッキーニの受粉も収穫も出来やしない。1日受粉ができないだけで、数十本のズッキーニが
不稔(ふねん)で無駄になるし、1日収穫が空けば、ズッキーニはたちまち巨大になるので明日の収穫作業が気が重い。
いや、その前に明日出勤できるのかも怪しいのだ。まったく、このクソ忙しい時に・・・と、自分を罵る私であった。


2019.05.13 20:52|日々のこと
ズッキーニの誘引作業を終えて、はあ~ようやっと終わった、と立ち上がった瞬間、
ピキッ!と腰に激痛が走った。あちゃ~、またやってしもた・・・、と思うも後の祭り。

腰痛が当たり前になってしまっていた部分はある。自分は慣れたつもりでいても体は常に
痛みを訴えていたのだから、もうちょっと自分の体を労ってあげるべきだったと反省した。

思い返せば、収穫したズッキーニの積み卸しや収穫・受粉の時に常に腰に負担のかかる姿勢を
とっていた。最近面倒がってコルセットもしていなかったし。気付かんでごめんね、私の腰。

今回のギックリは私のギックリ歴の中では軽症だった事は不幸中の幸いだった。
重症になると立つことも動くこともできず、ひたすら同じ姿勢で布団に横たわり回復を待つしかない。
数年前には、トイレに行くにも夫におんぶしてもらうという、介護の予行演習みたいな経験もした。

こうなって初めて、自分の体を思うように動かせるありがたみに気付く。
健康は当たり前ではない。自分の体は自分が一番に労ってやることだ。





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Author:nonogu
永香農園
福岡県福津市上西郷地区で農業をしています。夫婦二人にパートさん一人、アルバイトの男の子一人。主な栽培品目はネギ、アスパラ、落花生、ほうれん草など。

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