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2023.11.25 12:45|日々のこと
年に一度のお楽しみ、アマゾンのブラックフライデーでステッパーを買った。
健康志向のシニア層を意識した運動器具は百花繚乱の様相で、ステッパーだけでもよりどりみどり。
同じくブラックフライデーでお値打ちになっていたショップジャパンのナイスデイとさんざっぱら迷った挙句
Sunny Health & Fitnessというカリフォルニアのメーカーのものにした。

決め手は高評価と値引き率。
日本からのレビューを見る限り日本語の取説がついていない模様だったが、
ステッパー程度に高度な組み立て技術は不要だろうし、翻訳ソフトで何とかなるだろうと考えた。

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作りはいたってシンプルな器具。英仏西独伊のみの取説は、カメラで撮って希望の言語に翻訳するアプリで難なく解読。
一日15分×週3回の運動を推奨とある。付属のバンドを使って上半身のエクササイズも組み合わせれば尚良しとな。

あと二か月余りで53歳になる私だが、年齢の割に筋肉はついている方だと思う。
臀部は重力に負けて多少下垂してきたけれども、腹部と二の腕はまぁまぁ締まっているし、
仙骨から腰椎に沿ってうっすら盛り上がった脊柱起立筋ははっきり言って自慢である。

これは、元々私が男性ホルモンが多めで筋肉がつきやすい体質であることと、
若い時分からの悩みの種であった腰痛対策として腹筋と背筋を鍛えるのが習慣化していたことも理由である。

自転車と筋トレで肉体の鍛錬に勤しんだ20代。
そして16年間の百姓生活でため込んだ筋肉はそう簡単に衰えるものでもなかろうが、
百姓引退後の怠惰な生活でさしもの筋肉貯金も目減りしてきた気がする。
足腰の弱った母を目の当たりにしたことも、危機感に拍車をかけた。

人間の筋肉で下半身の筋肉が占める割合は60~70%もあるときく。
年をとっても自分の足で好きなところに移動できる足腰は健康の基本。

飽き性の私がいつまで単調な運動を続けられるかわからないけれど、
マイペースでぼちぼち鍛えるとしよう。
2023.11.23 13:24|農業
庭の冬野菜の生育が順調です。

のらちゃん菜は葉が大きく茂ってわさわさ状態。春の収穫が楽しみです。
虫もつかず病気にも強く、生理障害も見られずと本当に手のかからない野菜です。
同じアブラナ科でも虫と病気の防除に気が抜けないてごろ菜とは対照的。

例年であればそろそろ虫がいなくなる時期なんですけど、今年は暖かいせいでいまだにヨトウムシが多いです。
てごろ菜の中に潜んでいて、洗ってたら中からポトリなんてことはしょっちゅう。私は熱湯をかけて始末しますが、
虫嫌いの方なら悲鳴をあげるシチュエーションですね。

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(左)土嚢袋栽培のキャベツ達。結球の速度は遅めながらちゃんと育っています。
(中)これは花壇栽培のキャベツ。年末頃には収穫できそう。
(右)のらちゃん菜。甘味があってバター炒めが絶品です。早く食べたいな。

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(左)ビオラとディコンドラ。(中)ガザニアもまだまだ元気。(右)ビデンス。ウィンターコスモスとも呼ばれます。

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(左)パンジーとキンギョソウの鉢。開花間近のキンギョソウのつぼみがたくさんついています。
(中)タロの後頭部とキャベツ。(右)タッキーとのらちゃん菜。
2023.11.21 11:49|好きなこと
最近、テーブルランプ収集に凝っています。
きっかけは、前の持ち主の方が置いていかれた古いナショナルのテーブルランプとの出会いでした。

それまでは部屋の照明なんぞ手元が見えりゃいい程度で特段思い入れもなかったのですが、
これを置いた一角がファッション雑誌風に言うとリュクス?ってんですか、そういう雰囲気になりましてね。
部屋の雰囲気を一変させる灯りの効用を認識することとなりました。

昔の日本映画を見ていると、かつては日本人も控えめな灯りを好んでいたように見えます。
それが、高度成長期の1959年公開の小津安二郎の「お早よう」辺りから、住まいのしつらえも人々の装いも現代に近くなり、
「秋刀魚の味」や「麦秋」で横溢していた風情というものが失われてしまったように感じました。
家庭内を照らす灯りは一点集中の煌々としたものに変り、ランプやローソクが醸した陰影は日本の家庭から消えていったんですね。

対照的にヨーロッパやアメリカでは今も間接照明が灯りの主役です。
最近、欧米の映画に出てくる家のインテリア、特に照明の意匠を観察する事に凝っていましてね。
先日も「ユー・ガット・メール」を見ていたところ、メグ・ライアンの部屋をぐるりと見わたす僅か40秒ほどの場面で、
なんとテーブルランプを7個も発見。彼らの間接照明に対する情熱を垣間見た気がしました。

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(左)メルカリで2台セットで手に入れた年代物のライト。木肌の傷が良い感じ。居間のテレビの横と自室に1台ずつ。
(中)これもメルカリで。台座の部分が陶器になっていて和の趣があります。高さ75センチとかなり大きく、当初居間に
置いていたものの、存在感が強すぎて部屋が狭く見えるため自室に移動。
(右)前の持ち主の方の置き土産のナショナル製ライト。

イケア等でもこういうタイプのライトをお手頃価格で販売していますけども、私はやはり年代物特有の味に惹かれます。
ただ、こういう古い家電品は接触部分にガタがきていることが多いので、なるべくその辺をいじらなくて済むように、
電源のon/off 機能付きのタップコンセントに接続して使っています。

こういう柔らかい灯りは気分を落ち着かせる効果もあるのでしょうね。
私が元々強い光が苦手なこともあって、以前よりも部屋でくつろげるようになりました。
2023.11.17 14:58|日々のこと
今夏に話題をさらった『VIVANT』。
U-nextで独占配信中というのは知っていたけれど、私は日本のドラマに興味がないので、
「ふう~ん・・・」程度の関心しか湧かず、見るつもりはなかったのです。

が、あらすじに目を通すと日本のTVドラマらしからぬ壮大なストーリーっぽい。
予算が普通のドラマの何倍かけたとか、海外ロケを敢行!等の売り文句にのせられ、ついつい見てしまったのが運の尽き。
週末をほぼ『VIVANT』鑑賞に費やしてしまいました。

大ヒットドラマ『半沢直樹』を手掛けた演出家によるオリジナル脚本だそうですね。
近年、飛ぶ鳥落とす勢いの韓国発エンタメの後塵を拝している和製エンタメですが、その要因のひとつは、
数少ない日本のドル箱コンテンツである漫画に頼り過ぎて、面白い脚本を書ける作家が減ったせいでしょう。

『VIVANT』の成功をきっかけに優れた脚本の映像作品が増えれば、日本のエンタメは再び息を吹き返すかもしれません。
大手アイドル事務所が解体しましたし、これから演技力のある本業の役者の活躍の場が広がることを祈ります。

乃木憂助。
堺雅人演じる主人公の名前に、『VIVANT』のテーマが託されていると感じました。
日本の近現代史に興味のある方ならピンとくるであろう、日露戦争の英雄、陸軍大将・乃木希典。
江戸末期に毛利家家臣の流れを汲む武家に生まれた乃木希典は、明治天皇への忠義を尽くし、崩御後に妻と共に自刃。
義に生き、義に殉じた乃木希典の生きざまに、滅びゆく武士道の最後の輝きを見る思いがします。

灯火将に滅せんとして光を増す(とうかまさにめっせんとしてひかりをます) ですね。

その乃木に憂国の士の”憂”を加えて憂助としたのではないかと、自分の中では勝手に解釈しているんですどね。
劇中で日本がニホンではなくニッポンと表現されているところ、乃木の台詞に国への忠義が強く感じられるところ。
それを一番感じたのが、主人公が幾たびも口にする、美しき我が国を汚すものは、何人たりとも許さない!!という決め台詞です。
愛国心を体現する主人公へのアンチテーゼとして、私欲のために国や会社を売る輩も多く登場しますが、
この言葉に作家が見る側に訴えたい想いが凝縮されていると感じました。

日本のドラマに食指が動かない理由の一つとして、出演者の活舌の悪さがあります。
今回も阿部寛氏と二宮和也氏の活舌の悪さには閉口しましたけれど、阿部さんの場合もはや活舌の悪さも
役者としての味わいのひとつになっている感じですね。おちょぼ口でごにょごにょ何言ってるかわからない二宮氏には、
この先も役者としてやっていくつもりなら基本の発声練習からやり直した方がいいいんではないかと、正直思いました。

堺雅人さん、役所広司さんら舞台出身の俳優さん達の台詞の聞き取りやすさはさすがといったところ。
松坂桃李さんは元々好きな俳優さん。今回も安定感抜群でした。マイナスイオンが出てそうな声がいいです。
今回はモンゴルの役者さんも多数出演されてたとのこと。最初は憎々しい敵役のチンギスが、最後の方で
これ以上ないほど頼もしい味方になってくれる展開には胸がすく思いがしました。

何だか続編がありそうなラストでしたけど、どうなるんでしょう?
真田広之の『高校教師』以来ハマった日本のドラマ。続編ができたらもちろん見ます。
日本のドラマも捨てたもんじゃないと思えた『VIVANT』でした。
2023.11.13 14:15|日々のこと
先日、夫が63歳の誕生日を迎えた。
せっかちで血の気が多く、急ぎ足で生きているように見えた夫も、還暦を過ぎた頃から
歩みのペースが徐々に落ち着き、ようやっと”生き急いでいる”感が薄れてきたように見える。

私が32歳、夫が42歳の秋に出会った私達は、来年で20周年を迎えるわけだ。
夫は5年くらいしか経ってないように感じると言うし、私もそれほど長い年月を一緒に過ごした実感はない。
世の夫婦それぞれに歴史があり、波乱万丈なのだろうけども、わたしたちの20年も平穏無事とは程遠いものだった。
20年もよくもったな、というのが正直な感想であり、この点に関して夫も異論はないはずだ。
真央ちゃんの名言を拝借すると、長くてあっという間の20年だった。

時々、生まれ変わっても絶対今の配偶者と一緒になりたい、という意見を見かける。
奇人よのうと思う反面、そういう相手に巡り合えたとは実に幸せな御仁だなと羨ましくもある。

来世というものがあるならば、私は現世とは全然違う人生を歩みたい。
日本人であることに不満はないから来世も日本人でかまわないし、男よりは女の方がいい。
ただし人生を共にする相手は、夫は気を悪くするかもしれないけれど、せっかくだから新しいのがいい。
最後の部分は、間違いなく夫も同じ気持ちだろうと思うから言えるのだけど。

新しいのがいい、というのは津川雅彦さんが細君の朝丘雪路さんが亡くなった後のインタビューで仰っていた言葉である。
生まれ変わっても、また朝丘さんと一緒になりたい?という質問に、津川さんはこう答えている。

二度と嫌ですね(笑)だって45年も一緒にいたんですから。せっかくなら新しいのにしたいです。

同じインタビューで津川さんはこうも仰っていて、

雪江はワガママで厄介者だが、根っこがかわいい女でした。
結婚したこと、娘を産んでくれたこと、45年共に暮らせたこと、すべては因果関係でつながっていて、
良いことも悪いこともあったがすべて必然だった。感謝あるのみ。


朝丘さんを見送ってわずか3か月後、後を追うように亡くなった津川さん。
これは苦楽を共にした妻へ贈る、最上級の感謝と愛の言葉だったのではなかろうか。

違う相手を選んでいたなら、どういう人生になっていただろうと想像しないではない。
しかし20年の歳月を振り返った時、夫との出会いから現在までの出来事は全てが必然だったのだと思える。
その時々の心境と環境がちょっとでも違っていたら、今こうして夫の誕生日を祝うことはできていなかっただろう。

今さら別の相手と縁付くなんて想像もできないし何より面倒くさい。
腐れ縁と言えなくもないが、誰よりも自分のことを理解している相手と日々の小さな出来事に一喜一憂しながら、
老いていくのも悪くないと思える今日この頃である。
2023.11.08 14:15|日々のこと
3月に亡くなった父の散骨のため、長崎に帰ってきました。
普通に行くと四十九日後に納骨となるところ、父の希望が散骨であったためこの時期になりました。
なんでこの時期になったかは、熱中症の危険のある真夏を避けたことと、あとは何だったっけ・・・。
よく覚えていませんが、何はともあれ無事に父のお骨を海に返すことができ、家族一同いくぶん肩の荷が下りた気がしています。

ところがそれで万事OKとはいかないのが世の常。
父が亡くなった後、体調を崩しがちだった母に思いがけずいくつかの病気が見つかりました。
具体的には初期の乳がんと心臓の冠動脈狭窄ですが、老体には負担の大きい検査が続き、ひと月後には外科手術が控えと、
会うたび細く小さくなっていく母を見るのは胸が痛みます。

幼少期から自分を苦しめてきた母との確執、縁の薄い姉。家族との関係は常に私の悩みの種でありました。
父と妹という、自分をかろうじて故郷に繋ぎとめてきた糸の一本が切れた今、実家とのつながりはいよいよ
頼りなくなるだろうと思っていたのです。

でも、一人残され心細げな母を見ると、自分の心を固く覆っていた氷が少しずつ溶けていくのがわかりました。
これは本当に思いもよらなかったことで、かつてないほど母に対して優しい気持ちになれたのです。
命の終わりが近いのか、それとも解脱が近いのかはわかりませんが、近頃妙に性格が丸くなってきた気がします。

遅かれ早かれみんなこの世を去るのだし、せめてそれまではまわりに優しくしたいなと最近強く思うようになりました。
袖触れ合うも他生の縁。残された時間をいがみあって無駄にしたくありません。

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(左)35年前社会人デビューをした勤め先。当時は長崎随一の高級ホテルでした。
(中)当日の伊王島の気温予報は27℃。11月とは思えない暑さで、1枚2枚と着ていた服を脱ぎ、しまいにはTシャツ1枚に。
(右)30年以上ぶりの伊王島。意外にも海が透き通って魚もいっぱい。地続きになり、岸壁は釣り人で大賑わい。

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(左)ゴミもちらほら浮いてはいますけども、伊王島の海は透明度高くエメラルドグリーンに輝いていました。
(中)おぉー、桟橋にゴージャスなクルーザーが・・・。あれかな?
(右)と思いきや、もいっこ先の小さな漁船、じゃなくてクルーザーが我々の乗船する船でした。

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(左)ライフジャケットを装着し、乗船前の注意事項に耳を傾ける一行。
(中)晴天、青い海、クルーザーとくれば気分が浮き立ちますね。
(右)ブルルンブルン!と低いエンジン音を響かせ、いざ出航!

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(左)伊王島の港を出て15分足らずで散骨するスポットに到着。野母崎、端島(軍艦島)を過ぎ、外海・大瀬戸方面まで
長崎の沿岸部がぐるりと見渡せました。霞んでいない日には遠く五島まで見えるとか。まさに豊饒の海です。
(中)白波が立ち、かかるしぶきも心地よい。クルージング初体験でしたが、クセになりそうな気持ち良さ。
(右)タマの写真と一緒に仏壇におさまった父の遺骨。これで手を合わせる場所ができました。

初めての散骨体験は、楽しくもあり、悲しみを新たにした時間でもあり、ふるさとの海の懐の深さに感動する機会ともなりました。
太古の昔に地球上で初めて生命が誕生した海に、肉体の残滓であるお骨を返すのは実は至って自然なことなのかもしれません。
海に帰ったお骨は海流にのって世界中を巡り、海の栄養となりひいては誰かの命を支える糧になる。
そう考えると母なる海に帰るのも悪くないなと思えました。
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プロフィール

nonogu

Author:nonogu
永香農園
福岡県福津市上西郷地区で農業をしています。夫婦二人にパートさん3人、後継者候補のアルバイト男性一人に研修生一人。主な栽培品目はアスパラ、ネギ、ホウレンソウ、ニンニク、里芋、落花生。

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