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知覧特攻平和会館

2020.09.19 22:04|日々のこと
MISIAの『逢いたくていま』は、知覧の特攻平和会館を訪れた体験を基に作られた曲だそうである。
鹿児島出身の仕事仲間から勧められたとWikiにあるけれど、おそらく彼女の人生観が一変するような旅
だったのではないだろうかと、二十数年前に平和会館を訪れて人生最大の衝撃を受けた私は思う。

知覧から南方の海へ十死零生の作戦に飛び立った隊員達の夥しい顔写真と、愛する家族に遺した手紙。
当時は軍の検閲で手紙の内容が厳しく監視されていたから、遺書といえど隊員達の心情を正直に反映したものではなかった。
”死にたくない”などと書くことは許されず、お国のため、天皇陛下のために喜んで散ってゆきます、と書かねば
ならなかったのだ。しかし肉親と故郷への思いは行間から隠しようもなく立ち上り、それがいっそう私達の胸をえぐる。

特攻隊員は大半が10代から20代半ばの若者だったが、みな見事な達筆である。見学の女性達は
こらえきれずほとんどが嗚咽していた。あのようなものを見せられて、泣かずにおれる人は稀だろう。
戦争という遠い昔の出来事が現実味をもって、その残酷さをまざまざと私達に見せつけるのだ。

知覧は訪れた人の人生観を根底から変えてしまう。
日本人として英霊達に恥ずかしくない生き方をしているだろうか、と自分を振り返り、しばし恥じ入ったのち、 
よし、これからはもっとちゃんとしようと決意する。たとえその決意が長続きしなくとも、
知覧で目にしたものは強く脳裏に刻みつけられる。

知覧訪問後、私は学校で教えられた日本の歴史に疑問を持った。そして城山三郎、神坂次郎の特攻関連の著書や、
蔡 焜燦氏の『台湾人と日本精神』を読み、戦後生まれの私達が失って久しい、日本人が古来より連綿と受け継いできた
精神性の残り香をかぎ取ろうとした。戦前までの日本人の価値観は否定され、70年以上を経て破壊し尽くされた感がある。
一度失ったものを取り戻すのは容易ではない。私達はあまりに大きな物を手放してしまったのである。


特攻作戦の指令を初めて出したと言われる大西瀧次郎中将は終戦時に自決。
その遺書から生き残った兵士達への言葉を一部ご紹介したい。

隠忍するとも日本人たるの矜持を失うことなかれ
諸士は国の宝なり 平時に処し猶お克く
特攻精神を堅持し 日本民族の福祉と
世界人類の和平の為 最善を尽せよ

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Author:nonogu
永香農園
福岡県福津市上西郷地区で農業をしています。夫婦二人にパートさん3人、後継者候補のアルバイト男性一人に研修生一人。主な栽培品目はアスパラ、ネギ、ホウレンソウ、ニンニク、里芋、落花生。

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